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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)653号 判決

A事件原告・B事件原告

畑山武康

右訴訟代理人弁護士

山﨑容敬

A事件被告

盛宏株式会社

右代表者代表取締役

安田善紀

右訴訟代理人弁護士

宮﨑乾朗

大石和夫

玉井健一郎

板東秀明

京兼幸子

辰田昌弘

関聖

田中英行

塩田慶

松並良

B事件被告

関西ファクタリング株式会社

右代表者代表取締役

出見吉晴

右訴訟代理人弁護士

富阪毅

松本研三

出水順

東畠敏明

井上計雄

A事件被告補助参加人

株式会社幸福銀行

右代表者代表取締役

頴川德助

右訴訟代理人弁護士

北村巌

松原正大

古田泠子

榎本比呂志

片桐浩二

主文

一  A事件被告はA事件原告・B事件原告(以下「原告」という)に対し別紙物件目録二記載の建物から退去して別紙物件目録一記載の土地を明け渡せ。

二  A事件被告は原告に対し金一、八八〇、六六九円を支払え。

三  B事件被告は原告に対し別紙物件目録二記載の建物を収去して別紙物件目録一記載の土地を明け渡せ。

四  B事件被告は原告に対し、平成六年九月七日から第三項の明渡済に至るまで、一ケ月金一九一、一五〇円の割合による金員を支払え。

五  原告のA事件被告に対するその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用はA事件の補助参加によって生じた費用はA事件被告補助参加人の負担とし、A事件について生じた費用のその余のものはA事件被告の負担とし、B事件について生じたものはB事件被告の負担とする。

七  この判決の第二項と第四項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

(A事件)

一  A事件被告はA事件原告に対し別紙物件目録二記載の建物を収去して同目録一記載の土地を明け渡せ。

二  A事件被告はA事件原告に対し金一、九一一、五〇〇円並びに平成六年一一月一日から別紙物件目録一記載の土地の明渡済に至るまで一ケ月金一九一、一五〇円の割合による金員を支払え。

(B事件)

一  B事件被告はB事件原告に対し別紙物件目録二記載の建物を収去して同目録一記載の土地を明け渡せ。

二  B事件被告はB事件原告に対し平成六年九月七日から別紙物件目録一記載の土地の明渡済に至るまで一ケ月金一九一、一五〇円の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要と争点

一  争いのない事実等

1  原告は別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という)の所有者であるが昭和五七年一〇月一四日、本件土地をA事件被告(以下「被告盛宏」という)に左の条件で賃貸した(以下「本件賃貸借」という)。

期間 自昭和五七年一〇月一四日至昭和一〇一年一二月一四日

賃料 月額一〇〇、〇〇〇円

毎月末日限り当月分持参払い

なお賃料の額はその後改訂され、現在の月額賃料は金一九一、一五〇円である。

2  被告盛宏は本件土地上に別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という)を所有している。

3  原告は左の原因によって被告盛宏に平成六年一〇月一九日到達した文書で本件賃貸借契約を解除した(解除の日は同月二六日)。

(一) 本件賃貸借契約においては被告盛宏が賃料の支払いを三ケ月以上怠ったときは催告なく賃貸借契約を解除できる旨の特約がある。

被告盛宏は平成六年一月分から同年九月分までの賃料の支払いをしない。

(二) 本件賃貸借契約においては被告盛宏が契約条項の一に違反したときは催告なく賃貸借契約を解除できる旨の特約がある。

本件賃貸借契約には、賃借地内で危険有害その他近隣の迷惑になる一切の設備または行為をしない旨の条項がある。

被告盛宏は右契約条項に違反して近隣住人若しくは歩行者に大きな脅威を与える大型犬五匹を簡易な犬小屋に入れまたは小屋外で鎖で繋いで飼育している(争いがある)。

4  登記簿上、本件建物の所有権は平成六年九月七日付譲渡担保を原因として被告盛宏の持分の一〇〇〇分の一についてB事件被告(以下「被告関西ファクタリング」という)に対して所有権移転登記手続がされ、同日の共有物分割を原因として被告盛宏の持分全部が被告関西ファクタリングに移転され、現在の所有名義は被告関西ファクタリングとなっている。

建物の現実の使用はそれまでのとおり被告盛宏が行っている。

5  原告は平成六年九月七日までは被告盛宏が、同日以降は被告盛宏と被告関西ファクタリングが共に、本件建物を所有して本件土地を占有するものとして被告盛宏並びに被告関西ファクタリングに対して本件建物を収去して本件土地を明け渡すよう求め、被告盛宏に対しては未払賃料と契約解除の翌日である平成六年一〇月二七日から土地明渡済までの賃料相当損害金の、被告関西ファクタリングに対しては同社が所有権を取得した平成六年九月七日から土地明渡済までの賃料相当損害金の支払いを求める。

6  A事件被告補助参加人(以下「補助参加人」という)は本件建物に極度額金四億八、〇〇〇万円の根抵当権を有し、その登記を経由するものである。原告は被告盛宏がこの根抵当権を設定するにあたり、補助参加人に対して原告が土地賃貸借契約を解除する場合にはあらかじめ補助参加人に通知する旨の承諾書を交付している。原告は補助参加人に対してあらかじめ通知することなく3に記載の解除の意思表示を行ったものである。

二  争点

1  原告が補助参加人に差し入れた承諾書に要素の錯誤があるか。

原告は承諾書により解除にあたって事前に補助参加人への通知の義務が生ずるとは考えていなかったので承諾には要素の錯誤があり無効であると主張するのに対し、被告盛宏並びに補助参加人はこれを争う。

2  承諾が有効であるとして、原告が行った解除は有効か。

原告は解除の効果に影響がないと主張するのに対し被告盛宏並びに補助参加人はかかる解除の意思表示はその効果を生じないと主張する。

3  前掲解除の意思表示の効果が生じているとした場合、建物収去義務を負うのは被告盛宏であるのか被告関西ファクタリングであるのか。損害金の支払義務者いかん。

被告関西ファクタリングは本件建物を譲渡担保で取得したものであり、本件土地の占有をしていないと主張する。

第三  争点に対する判断

一  証拠によると原告が承諾をした経過は以下のとおりである。

1  原告は昭和六一年一月九日頃被告盛宏から文書にて賃借地上の建物に担保を設定することの承諾を求められた。その際には被告盛宏が既に署名押印した承諾書(丙第一号証)が同封されていた。

被告盛宏は原告に対して右承諾によって原告に迷惑をかけることはない旨を約束していたが、原告はその対応について弁護士の助言を得るべく、元勤務先の顧問弁護士であり古くからの知り合いであった畑良武弁護士に相談した。

2  右相談にあたり原告は賃貸借契約書、承諾書等を持参して事情を説明した上で、畑弁護士に対し被告盛宏と本件担保権設定についての交渉を含む一切の権限を委任した。

同弁護士が被告盛宏と交渉の結果、原告は担保設定の承諾をする見返りとして金三〇〇万円の支払を被告盛宏から受けることになった。

3  原告は昭和六一年二月二六日、畑弁護士の事務所に実印と印鑑証明書を持参し、承諾書に実印を押印してこれを被告盛宏に交付した。このとき原告は被告盛宏からこの見返りとして金三〇〇万円の支払を受けた。

4  被告盛宏は原告から受け取った承諾書を補助参加人に差し入れた。同承諾書は原告と被告盛宏が連名で補助参加人に差し入れる形態になっており「甲(原告)が乙(被告盛宏)に賃貸しております下記宅地上の乙所有の末尾表示建物を乙と取引ある金融機関に担保として差入れることを承諾します。また金融機関との担保契約が存続中に地代を延滞したり、その他の理由によって甲が賃貸借契約を解除する場合は、あらかじめ貴金融機関に通知します」との記載がある。

二  原告は錯誤を主張するが、前認定のとおり原告がした承諾は被告盛宏が借地上建物を担保に供することと、借地契約を解除する際には担保権者たる金融機関にあらかじめ通知することという極めて単純なことについてのものであり、承諾書を被告盛宏を通じて補助参加人に交付するにあたっては、弁護士に相談し、見返りとして金三〇〇万円という相当の利益を被告盛宏から取得していることに鑑みても、法律行為の重要な要素に錯誤が存在したものとはおよそ認めることができない。原告の錯誤無効の主張は採用しない。

三  原告は右承諾書の定めに反して補助参加人に対して事前の通知をすることなく解除の意思表示をしたものであるが、この解除の意思表示の効果について以下に判断する。

丙第一号証によれば本件における「承諾」は原告と被告盛宏が連名で補助参加人に対して行ったものである。即ち事前通知義務の承諾という点について言えばこれは原告が補助参加人に対して、および被告盛宏が補助参加人に対して、通知義務を承諾することをその内容とするものであって、原告と被告盛宏との間の賃貸借契約の内容を同承諾によって変更するものとは認められない。即ち土地賃貸借契約並びにその解除というのは、あくまでも賃貸人である者と賃借人である者との間の法律関係であって、これらの者が賃貸借契約に付随して契約外の第三者に対して本件事前通知のごとき義務を負担するに至ったとしても、それによって当然に賃貸借契約当事者間の権利義務に異同を生じ、本件で言えば解除の要件が加重されるに至るものとは解することができない。もちろん契約の当事者間で第三者に対する義務を賃貸借契約の要素として組み入れ、たとえば解除にあたっての要件を当事者間においても加重することも可能ではあるが、原告がした本件補助参加人に対する承諾は、そのような当事者間における賃貸借契約の内容を変更するまでのものとは認められない。

よって原告が補助参加人に対する事前の通知をすることなくした本件賃貸借契約解除の意思表示は、補助参加人に対する関係で事前通知義務違反として損害賠償の対象となる余地があるとしても、賃貸借契約の当事者間における解除の効果そのものには影響がないと言うべきである。

以上の次第であるから原告と被告盛宏との間の土地賃貸借契約は、原告の平成六年一〇月一九日付書面によって同月二六日の経過をもって解除されたものと認める(なお解除原因としての近隣迷惑違反の有無につき当事者間に争いがあるが、賃料不払について当事者間に争いがないのでこの点については判断の限りでない)。

四  原告は被告盛宏並びに被告関西ファクタリングの両名に対して建物収去土地明渡を求めるものであるところ、被告関西ファクタリングは本件建物を譲渡担保によって取得したものであるとして占有の事実を争い、建物収去義務の存在を争っている。

ところで譲渡担保は担保の一種ではあるが、その具体的な態様としては所有権自体を移転するという方法を採るものであって、所有権の登記名義も移転することになる。現に被告関西ファクタリングとしても所有権の登記を備えるものであるが、占有の事実を争いこそすれ、本件建物の所有権を有することについては明らかに争わないところである。

譲渡担保権者は目的物件についてその債権担保目的を超えてその権利を行使し得ないものであることは明らかであるが、これは譲渡担保契約に基づく当事者間の制約であって、対外的な関係においては譲渡担保権者が目的物の所有者であると解するのが相当である。これに対して設定者は、その目的は債権担保のためではあるが目的物の所有権を失い、所有者としての権利義務を負わなくなるものと解せられる。もっとも設定者はその債務を弁済して目的物の所有権を受け戻す権利を有し、右弁済、受け戻しに至れば譲渡担保権が消滅して目的物の所有権は設定者に復帰することになるけれども、右弁済受け戻しの以前は設定者の所有権を論ずる余地はないものと言うべきである。

以上の次第であるから本件においては建物の所有権は譲渡担保権者たる被告関西ファクタリングにあると言うべきであって、被告関西ファクタリングは本件建物を所有して本件土地を占有するものであるから、同建物を収去して本件土地を原告に対して明け渡す義務があるものと言うべきである。

なお、そうすると被告盛宏は本件建物を収去する義務を負うことはないことになるが、被告盛宏が本件建物に居住していることは前認定のとおりであって、その限りで本件土地を占有するものであるから、被告盛宏は本件建物から退去して本件土地を原告に明け渡すべきである。

五  原告は被告盛宏に対し未払賃料と契約解除日から土地明渡済までの賃料相当損害金の支払を求めるが、契約解除日以降の被告盛宏の本件建物占有と原告が本件土地の使用収益を妨げられていることの間には相当因果関係がないから、同被告に対する金員請求は未払賃料金一、八八〇、六六九円(平成六年一〇月分については一ケ月に満たないので日割計算をした)の限度においてのみ正当である。

被告関西ファクタリングは原告に対し本件建物の所有権を取得した日の翌日から本件建物の明渡済まで賃料相当損害金を支払うべきである。

(裁判官川谷道郎)

別紙〈省略〉

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